【スク水姿でおしっこを漏らすまで尻叩き】「正しい体罰」スパンキング編

「正しい体罰」スパンキング編

アンコクマリモカンさんのエロ同人イラスト。

スパンキングフェチ・お尻フェチ・女子高生フェチに贈る「女子高生のお尻を叩きまくるCG集」
多様なシチュ・コスチューム・道具を使ってお尻を責め立てます!!
(セーラー服・ブレザー・ブルマ・競技用ブルマ・スク水・競泳水着・ジャージ 等)
(素手・鞭・バット・パドル・騎馬ムチ 等)
ショートテキスト付き閲覧用html付属
CG枚数11種、差分合わせ 計48枚。
全てのCGに、腫れ上がったお尻・失禁差分付き

「正しい体罰」スパンキング編「正しい体罰」スパンキング編「正しい体罰」スパンキング編

女子高生がパンツをオシッコの色で染め上げているシーンがあり。

 「正しい体罰」スパンキング編

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 「正しい体罰」スパンキング編

コメント

  1. トモヤ より:

    本当に素晴らしい作品ですね。
    教師が情け容赦なしに女子高生のお尻を様々な道具で叩きまくるシチュエーションも良いですし、腫れ上がったお尻や女子高生の泣き顔、そして失禁シーンが余計にそそられてしまいます。
    女子高生のお尻を叩く体罰は、今の時代では考えられませんが、昔(特に80年代)の学校では決して珍しい事ではなく、僕が前に居た職場でお世話になった先輩女性の『富永 久美子さん(仮名)』もその一人でした。
    その久美子さんは“昭和43年生まれ”の女性で、彼女が中学と高校に通っていた6年間(1981年度~1986年度)は、まさしく体罰全盛期時代でした。
    久美子さん曰く、体罰は男子も女子も一切関係なく行われていた為、久美子さんご自身も中学と高校の6年間、遅刻・忘れ物・宿題忘れ・授業中に余所見・授業に関係ない物を持ってきた・廊下を走った等の理由で数え切れないぐらい、教師たちから容赦なく、ゲンコツ・ビンタ・長時間の正座・長時間立たされる・グラウンドを走らされる、そして、平手・竹刀・木の棒・竹の棒・大きなシャモジ・木製バット・1メートル物差し等で思いっきりお尻叩かれるを体罰を受けていたという話でした。
    また、体罰は部活動でも盛んに行われていて、久美子さんは中学でも高校でも陸上部だったのですが、中学時代の女子陸上部では、練習中にちょっとでもダラけたりすると、当時30代だった顧問の“女性教師”に「後ろを向きなさいっ!!」と言われ、言われた通りに回れ右をして顧問の女性教師に背を向けたら、ブルマの上から「パシーーーンッ!!」と女性教師に平手で思いっきりお尻を引っ叩かれ、お尻に激痛が走り、練習が終わった後でお尻を見てみたら、お尻に真っ赤な手跡が付いていた事が度々あったそうです。
    ただ久美子さんが言うには、女子教師からのお尻平手打ち自体かなりの痛さだったけど、それ以上に、男子たちも見ている前でお尻を叩かれるのが凄く恥ずかしかったとの事でした。
    そして久美子さんは、中学卒業後に進学した“私立の女子高”でも陸上部に入りましたが、ソコでは更にとんでもなく痛いお尻叩きの体罰が待ち受けていたのです。
    久美子さんが通っていた高校は『私立I女子高等学校』と言いまして、久美子さん曰く「偏差値は普通ぐらいで、校則が非常に厳しい事と、スポーツが盛んな事で地元でも知られている女子高」との事でした。
    久美子さんが在籍していた当時のI女子高の陸上部は、練習のキツさが半端ではなく、真冬でもブルマ強制で、そして、当時40代で独身だった顧問の“男性教師”による竹刀でフルスイングのお尻叩きの体罰が日常的にあったそうです。
    久美子さん曰く、顧問の男性教師に竹刀で思いっきりお尻を叩かれていた理由は、練習に遅刻・練習中に私語・返事が遅い・返事が小さい・タイムが落ちた・ジャージの長ズボンを穿いて来た・爪が長い・気合が足りない等と実に様々で、久美子さんはその都度その都度、顧問の男性教師に「富永久美子っ!!ちょっと来ーーいっ!!」と呼び出されては「ケツを出せっ!!」と命じられる日々だったと言うのです。
    それで久美子さんが素直に、回れ右をして顧問の男性教師に背を向けて、両手をまっすぐ前に伸ばし、両足を肩幅よりも少し大きく広げて前屈みになり、ブルマのお尻を顧問の男性教師に向けて大きく突き出す格好になると、顧問の男性教師は竹刀を両手で持ちながら大きく振り上げ、「この馬鹿タレがっ!!」と顧問の怒号と共に竹刀が目にも留まらぬ速さで振り下ろされ、ブルマの上から「バッシーーーーーーン!!!!」と竹刀でお尻を強打されるのがお決まりだったと言う話でした。
    しかも久美子さんの話によると、その男性教師は身長が約190センチだった上、体格が物凄い筋肉質でガッシリしていて、顔もヤクザみたいで怖かったそうです。
    何しろ、そんな巨漢で怪力の男性教師が女生徒相手に情け容赦なくフルスイングのケツ竹刀をしていた訳ですので、1発叩かれただけでもお尻に凄まじい激痛が走ったのは言うまでもなく、久美子さん曰く「本当にあり得ない痛さだったし、叩かれた後も暫らくの間、お尻がビリビリして物凄く痛かった」との事でした。
    おまけに、既に述べたように些細な事でもフルスイングのケツ竹刀だった為、久美子さんが部を引退するまでの間、顧問の男性教師に竹刀で思いっきりお尻を叩かれた回数がゼロだった日が皆無だったと言うのです。
    久美子さん曰く、1日で数回お尻を竹刀で叩かれて、お尻に竹刀の痕の横線が数本できていたのは日常茶飯事。
    運悪く、1日で10数回とか20数回も竹刀でお尻を叩かれて、お尻がパンパンに腫れ上がってしまった事も何度かあって、その日は座る事も仰向けで寝る事も出来ず、
    入浴の際にウッカリ湯船に浸かったら、腫れ上がったお尻に熱いお湯が沁み込み、激痛のあまり慌てて湯船から飛び出した事や、
    トイレで用足しの際、不用意に洋式便座に座ったら、お尻に物凄い激痛が走って思わず飛び跳ねてしまった事まであったと言う話でした。
    余談ですが、その話を聞いた時は思わず、
    女子高生時代の久美子さんが入浴の為、純白ブラジャーを外して純白パンツを脱いで一糸まとわぬ全裸姿になり、久美子さんの可愛らしい乳房と陰毛が生え揃ったオマンコ、そして、真っ赤かに腫れ上がって余計に大きくなってしまった久美子さんのお尻が余す所なく曝け出されるシーンと、
    同じく女子高生時代の久美子さんが用足しの為、制服のスカートをたくし上げて、純白パンツを下ろしているシーンを想像して、凄く興奮してしまいました。
    また、本来でしたら、年頃の女子高生がブルマ姿で男性教師に向かってお尻を突き出すポーズになるのは凄く恥ずかしいハズですが、久美子さんに言わせると、恥ずかしいと思えたのは入部したての頃の間だけで、それ以降は、これから竹刀でお尻を強打される緊張と恐怖で頭の中がいっぱいで、とても恥ずかしいとは思っていられなかったそうです。
    このように、ブルマとパンツが久美子さんのお尻を守っているにも拘らず、お尻にこれ程のダメージだった訳ですので、
    もしも仮に、顧問の男性教師が「富永久美子っ!!最近たるみ過ぎだっ!!お前には特別に気合を注入してやるっ!!」と言い掛かりをつけて、ブルマ姿の久美子さんを体育倉庫に連れ込み、跳び箱の上にうつ伏せにさせ、ブルマをパンツごと下ろして、剥き出しになった久美子さんの生尻を存分に撫で回した後、その生尻を竹刀で思いっきり100叩きしたら、いつもブルマの上から叩かれていた時とは比較にならない激痛で、久美子さんの泣き叫ぶ声が倉庫内に響き続け、久美子さんのお尻が見るも無惨に腫れ上がって流血を起こし、更に失禁して、顧問の手で下ろされていた紺ブルマと純白パンツがオシッコの色で染まってしまったのは確実だったでしょう。(つい妄想が・・・)
    この顧問の男性教師がやっていた行為は、今なら間違いなくマスコミやモンスターペアレントに猛攻撃されてしまいますが、久美子さんは顧問の男性教師について「今振り返っても本当に凄い先生だった」と懐かしそうに語っていました。
    正直、僕に言わせれば、当時は体罰が普通の時代だったとは言え、あんな目にあい続けても最後まで途中退部しなかった久美子さんの方がもっと凄いです。
    ちなみにこの話を聞かせてくれた当時の久美子さんは30代半ばでしたが、実年齢よりも若く見えました。
    また、その当時の彼女の体型ですが、身長は推定160センチで、オッパイは推定Bカップと控え目でしたが、ウェストは引き締まっていて、お尻が安産型の超ビッグサイズだった上にムッチリしていて堪りませんでした。
    その為、ピチピチの女子高生時代の久美子さんのブルマ姿が見放題だった上、ブルマに包み込まれた丸くて大きい久美子さんのお尻を竹刀で思いっきり叩きまくっていた陸上部の顧問の男性教師が羨まし過ぎて仕方ないです。
    (長くなり過ぎて恐縮です)

  2. 合丼来来 より:

    コメントありがとうございます。
    気づくのが遅くなってしまい、本当に失礼いたしました(汗)
    昔の体罰がそこまで壮絶だったとは…その女生徒さんもなかなか大変だったんですね。
    生々しい証言をありがとうございました。

  3. トモヤ より:

    ご返信ありがとうございます。
    >昔の体罰がそこまで壮絶
    昭和20年代および30年代生まれの人達の学生時代も普通に体罰はありましたが、久美子さんがそうだったように、特に、昭和40年代生まれは『体罰全盛期世代』と言われていますからね。
    ちなみに僕は“昭和50年4月生まれ”ですが、久美子さんの世代ほどでは無いにせよ、まだ体罰が珍しくはなく、その上、僕の生まれ育ちが、かつて管理教育の厳しさが日本一とまで言われた“愛知県の三河地方”だったお陰で、僕も中学と高校の6年間(*1988年度~1993年度)、遅刻や忘れ物とかの理由で、教師(主に男の先生)が女子生徒のお尻を『木の棒』や『1メートル定規』とかで思いっきり叩く光景をいっぱい見る事ができた訳ですが、
    その中でも一番印象的だったのが、僕が中学3年生だった1990年の真夏のある日の社会の授業で、クラスばかりか学年でも一番かわいくて、おまけにスタイルも良かった『大谷 真由美さん(仮名)』が珍しく教科書を忘れてきた時の事でした。
    中学時代に社会を教わっていた男性教師(当時50代前半位)は、普段はユーモアがあって楽しい先生でした。
    しかし、怒ると鬼の様に怖く、忘れ物したりすると、常に所持していた『木の棒』で思いっきりお尻を叩きました。
    その社会の男性教師が所持していた木の棒ですが、『太さ約4~5センチで長さ約1.5メートルの樫の木製』で、まさに凶器ともいえる代物でしたが、女子生徒に対しても手加減は一切なく、それはクラスのマドンナと言えども例外ではありませんでした。
     *ちなみに“中学3年生当時の真由美さん”の身体データについては下記の通りです。
    身長=推定160数センチ(女子の中では長身)
    髪型=サラサラの黒髪ポニーテール
    バスト=推定Cカップ
    ウェスト=やや細め
    ヒップ=中学生離れした安産型のビッグサイズ
    その日に社会の教科書を忘れた生徒は真由美さんだけで、彼女は教室の前に出されると、社会の男性教師に命じられるがまま、両手を黒板について前屈みになり、大きなお尻を後ろに大きく突き出す体勢になりました。
    しかも、この時の僕の席が最前列の中央だった為、セーラー服のスカートに覆われた真由美さんのムッチリした巨尻がすぐ目の前という状況になってしまい、あまりのエロさと迫力に思わずドキッとしてしまいました。
    僕が真由美さんのお尻に物凄く興奮してしまったのは、単に、彼女のお尻が大きくてムッチリしていた事だけが理由ではありません。
    実はその数日前、休み時間に“ふとした弾み”で、真由美さんの豊満かつ清らかなお尻をスカートの上から“平手”で触ってしまいました。
    一歩間違えれば痴漢の烙印を押されている所でしたが、幸い、真由美さん本人も含めて誰も気付かなかったらしく、一瞬ホッとした後、真由美さんのお尻に触れた時に僕の手の平にハッキリと感じた『とても柔らかくて弾力があふれる心地良い感触』になかなか興奮が治まらずにいた出来事がありました。
    あくまでもスカート越しですが、真由美さんのお尻の触り心地の良さを知る者としては、興奮するなというのが酷です。
    その一方で、社会の男性教師の反応はと言いますと、スカートに覆われていたとはいえ、大きくてイヤらしい真由美さんのお尻をあれだけ間近にしておきながら、社会の男性教師は眉ひとつ動かす事無く平然としていたのです。
    果たして、本当に何とも思っていなかったのか?それとも、心の中では真由美さんのお尻に欲情していたのか?真相を知るのは、社会の男性教師ご本人のみです。
    そして社会の男性教師は、約1.5メートルの木の棒を両手で持ちながら大きく振りかぶり、その数秒後、まるで特大ホームランを打つかのごとく、突き出された真由美さんのお尻にめがけて全力で木の棒を叩き下ろしました。
    物凄い勢いで振り下ろされた木の棒が真由美さんのお尻に見事命中した瞬間、真由美さんの豊満なお尻に木の棒が思いっきりメリ込む光景がハッキリと見て取れ、それと同時に、「バシーーーーーーッ!!!!」という乾いた打撃音と「痛ーーーーーーっ!!!!」という真由美さんの悲鳴が教室内に大きく鳴り響き、あまりの凄まじさに「うわ、痛そう・・・」と思いつつも妙な興奮を覚えたのも事実でした。
    また、ブルマが健在だった時代の女子学生は、スカートの下に常にブルマを穿いていたという話を聞いた事がありますが、この時の真由美さんは間違いなく“スカートの下にブルマを穿いていなかった”ハズです。
    何故そんな事が分かるかと言いますと、中学3年の5月の中旬か下旬の日、下校中に突風が吹いてきて、たまたま僕の前方を歩いていた真由美さんのスカートを大きく捲り上げてしまったのです。
    おまけに、「きゃっ!?」と慌てた真由美さんがスカートの前の方を両手で押さえてしまった為、その分、スカートの後ろの方が捲れてしまい、今にもハチ切れそうな『純白パンツ』が見事丸見えになってしまい、その上、真由美さんのお尻の肉が豊富過ぎた所為で、パンツがお尻をまるで包み切れておらず、白くて綺麗で美味しそうな尻肉が大きくハミ出ていて、もはやハミケツどころか半ケツ状態でした。
    中学時代に散々見てきた“真由美さんの紺ブルマのお尻”のエロさも半端ではありませんでしたが、この時だけ見る事ができた“真由美さんのパンツ尻”のエロさは格別でした。
    真由美さんの純白パンツ&半ケツが見れたのは数秒でしたが、その数秒が長く感じられました。
    ところが、真由美さんがスカートの後方も押さえると、後ろを振り向きだした為、一瞬、焦りましたが、とっさに物陰に隠れるのに成功し、どうにか気付かれずに済みました。
    真由美さんが去っていった後も、目蓋に焼き付いた真由美さんのパンチラならぬパンモロに興奮が治まらずにいたと同時に、その場には僕と彼女以外に誰もいませんでしたので、良い物が独り占めできた優越感にも浸っていた出来事まであったのです。
    このように真由美さんは、夏服前の衣替え前の時期でさえ、スカートの下にはブルマを穿いておらず、ましてや、彼女が社会の教科書を忘れた日は、真夏だった上に体育の授業がありませんでしたので、あの時の真由美さんがスカートの下にブルマを穿いていたとは到底あり得ない訳です。
    ちなみに、真由美さんのお尻を木の棒で思いっきり叩いた社会の男性教師ですが、身長は170センチほどでしたが、体付きが物凄くガッチリしていました。
    その為、スカートの下は布地が薄っぺらなパンツしか穿いてない状態で、パワフルな男性教師に約1.5メートルの木の棒で思いっきりお尻を叩かれる痛さは、間違いなく想像絶するでしょう。
    学年一位の美少女・真由美さんが木の棒でお尻を強打されるシーンも官能的でしたが、その後、1発叩かれただけで少し涙目になり、両手でお尻を懸命に押さえながら、ギコチない歩きで自分の席に戻る真由美さんの痛々し過ぎる姿も凄く良い味が出ていました。
    初めに述べたように、僕や真由美さんよりも少し上の世代である昭和40年代生まれの人達の学生時代は、僕たちの学生時代よりも更に体罰が壮絶でしたので、
    あくまでも仮定の話ですが、もしも真由美さんが、もうあと数年早く生まれて、尚且つ、久美子さんと同じ「私立I女子高等学校」に進学して陸上部に入っていたら、I女子高の陸上部の顧問の男性教師は間違いなく、高校生になって更にオッパイ&お尻のボリュームと色気がレベルアップした真由美さんのブルマ姿に大興奮し、練習で毎日毎日、「大谷真由美っ!!ちょっと来ーーい!!」「気合が足らんっ!!ケツを出せっ!!」等と口では怒鳴りながらも、心の中では「何度見ても叩き甲斐があるデカくてイヤらしいケツだな♪」等と“紺ブルマに包み込まれた真由美さんの巨尻”に欲情しながら、竹刀で思いっきり真由美さんのお尻を叩きまくり、真由美さんのお尻が無残に腫れ上がってしまい、場合によっては、失禁してブルマとパンツがオシッコまみれになってしまったかもしれません。(またしても妄想が・・・)
    あの日、社会の男性教師が真由美さんに対して行った行為は、今なら確実に体罰&セクハラで問題になってしまいますが、今の時代と違ってまだ教師の権限が強かった時代でしたので、社会の男性教師へのお咎めなどありませんでしたし、真由美さんの親御さんが学校に乗り込んでくる事は無かったのは言うまでもありません。